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  • 2019.7.1 UP

「アイディアのヒントを探しに行く場所」パティシエ・後藤裕一さんが語る、食品フロアのこと

代々木八幡のフレンチ<PATH>でオーナーパティシエを務めながら、多様なブランドのコンサルティングやメニュー開発を行うパティシエ・ユニット<Tangentes>を立ち上げるなど、幅広い活躍で日本の食シーンを盛り上げるパティシエ・後藤裕一さん。「パティシエ」の可能性を広げるボーダレスな活動が注目を集める後藤さんですが、そのキャリアはなんと、百貨店の食品フロアの洋菓子店でのアルバイトから始まったのだとか(!)。今回は、MITSUKOSHI DAYS WEBで「パティシエの朝ごはん」というレシピ連載も手がける後藤さんに、百貨店の思い出や楽しみ方から朝食にまつわるお話までを伺いました。

三越デイズ

ただ売り買いするつながりではなく、相手の好みまで突き詰められる余白がある

—百貨店の洋菓子店で働き始めたきっかけは?

就職活動が始まって自分の将来を考えていた時に、アルバイトの求人情報誌に広告が出ていて、「ケーキ製造」って書いてあったんですよ。百貨店が駅から近かったというのもあったんですけど(笑)、その「ケーキ製造」という言葉に惹かれてアルバイトを始めました。
あと、デザインとかにも興味があったので、食べ物をデザインすると考えたら、ショーケースに並んでいるケーキがすごく輝かしく見えて。それで、パティシエになってみたいっていう気持ちになりましたね。

—そちらではどんな仕事をされていたのですか?

百貨店でのアルバイトでは、ケーキの販売をしたり、イートインスペースの軽食を少し作らせてもらったりしていて、実際にケーキ自体は作っていなかったんです。
でも、それがきっかけで、そのお店の本店に研修に行かせてもらえて。大学在学中に週に1回通っていて、結構大変だったんですが、自分はこれで生きていきたいって思えるものがちょっとだけ見えた気がしたんですよね。それで、パティシエをやろうって心に決めて、卒業後そのまま入社させてもらいました。

お店の前で話す後藤裕一さん

—そこから本格的にパティシエの道が始まったのですね

そうですね。そこで働いた後、レストランやお菓子屋さんを数軒経験して、新宿の<キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ>という、フランスにあるレストランの姉妹店に行きました。その縁もあって、1年後フランスに渡り、帰国後に<PATH>を始めました。

—百貨店での経験はいかがでしたか?

僕は販売対応がほとんどでしたが、必ず同じものを買っていかれる方がいたり、ソフトクリームの量を調整してくださいと言われる方がいたり、みなさんこだわりがあるんだなということをすごく感じましたね。そういう体験も、もしかしたらパティシエという職業を選んだきっかけのひとつかもしれないです。
ただ単純にものを売り買いするつながりじゃなくて、それを食べる人たちにも、自分はこれがいいという好みがちゃんとあって、そういったことまで突き詰められる余白がある。そのあたりもおもしろいと感じた部分のひとつだと思います。

—キッチンに入るよりも、お客さまとかかわることが先だったのですね

それはとても良かったなと思っています。3年半くらい販売対応をやっていて、百貨店だからいろんなお客さまが来られたし、接客の経験がそこで出来たのは大きかったです。

—その経験はご自身のお店でも活かされていますか?

そう思います。対面で接客していたことも、かんたんな軽食を作っていたことも。おそらくキッチンの中でずっと働いていたらオープンキッチンって慣れないと思うんですけど、僕にはそれがスタンダード。だから<PATH>のお店もガラス張りにして、オープンキッチンにしました。お客さまの目の前にいても、あまり緊張しないですね。

解放的なPATHの店内

フロアを回りながら、それぞれの必殺技を探ってみるのが楽しい

—今も百貨店の食品フロアには行かれますか?

よく行きますよ。もちろん食べたいものを買いに行くこともありますが、今は自分の仕事として、メニューを考える時のアイディアを探しに行くことがすごく多いですね。食品フロアっていろんなお店があるじゃないですか。和菓子もあるし、洋菓子もあるし、パンもお総菜もある。そこで今どういうものが出ているのか、どんな材料を使っているのか。真似するんじゃなくて、自分の考えのヒントになるものを見つけたいって感覚で見て回っています。

—スイーツだけでなく、いろんなものから刺激を受けているのですね

最近は和菓子やお総菜を見るのが楽しいですね。飲食業をやっているのでどうしても仕事目線で見ちゃうのですが、「この餃子、同じ形でこれだけの数を揃えるのはめちゃくちゃ大変だろうな」とか、「この野菜、フレッシュに保つための裏技があるのかな」とか。きっとどの店舗も、それぞれ必殺技を持っているんじゃないかと思うんです。それを、見ながら探ってみるのが結構楽しいですね。

—気になった技術などは店員の方に聞かれますか?

いや、実はあまり聞けないんです(笑)。ちょっと恥ずかしくて。でも、自分の中で本当に買うと決めた時は、たくさん聞いたり試食させてもらったりします。

—その恥ずかしさ、少しわかります(笑)

でもこの間、日本橋本店に行った時に思ったんですが、三越はフロアにいるコンシェルジュの数が多いですよね。各店のショーケースの内側にいる店員さんに他の売り場のことを聞くのは申し訳ないなと思っちゃうんですけど、三越ではフロアを歩いているコンシェルジュにパッと何か聞ける雰囲気があります。

—いつも食品フロアはじっくり見て回られますか?

そうですね。洋菓子は経験からなんとなくどう作っているのかわかるので、自分が携わっていないものを見ている方が好きですね。百貨店の食品フロアは、そういう自分の知らないものに出会えることが魅力だと思います。フロア全体がひとつのショーケースになっているというか、催事で地方の食材や海外のブランドのものが置かれていたりするじゃないですか。そういうものを見るといつも新しい発見があるので、どんどんやってほしいです。あと、僕らのようないわゆる街場の職人が作ったものが置いてあるとか、そういうつながりができたらもっとおもしろいなと思います。

店内で調理を行う後藤裕一さん

朝食は「食べる」ということに一番シンプルに向き合っている

—そういった意味では、MITSUKOSHI DAYS WEBで今月から始まるレシピ連載「パティシエの朝ごはん」も新しいつながりでしょうか?

そうですね。僕はパティシエだけど、だからといってケーキだけを作らなきゃいけないというわけではないと思うんです。<PATH>でも、料理人と一緒に料理を作ったり、インテリアのことを考えたり。ケーキを作る人というより、ケーキやデザートが作れることを武器にできる職人として、いろんな可能性を広げていきたいですね。

—<PATH>でもモーニングを大切にされていますが、後藤さんにとって朝ごはんはどのようなものでしょうか?

三食の中で一番幸せを感じられる食事だと思います。もちろん、夕食に手の込んだ料理を食べるのも楽しいですけど、朝食でシンプルにおいしいもの食べた時って、素直に「あ、おいしい」って思えるし、その日1日をめちゃくちゃ気持ちよく過ごせますよね。
あと、朝食って意外と「食べる」ということに一番シンプルに向き合っているんじゃないかと思うんです。夕食みたいに、誰と食べるかとかどこで食べるかを気にせず、ただ食べて、体が素直においしいと感じる食事。だから朝食って、料理人だから、豪華だからおいしいわけではなく、誰もがおいしいものを作れるタイミングなのかもしれません。とはいえ何を出してもいいわけじゃなくて、ちょっとしたアクセントを入れてみたり、技術を使ったりしておいしいと思ってもらえたら、やっぱりうれしいですよね。

PROFILE

後藤裕一さんプロフィール

後藤裕一

ごとうゆういち

1980年、東京都生まれ。大学卒業後、<オテル・ドゥ・ミクニ>でレストラン・パティシエとしてのキャリアを本格的にスタート。その後<キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ>で研鑽を積み、渡仏。フランスの<トロワグロ>本店でアジア人初となるシェフ・パティシエとして活躍。帰国後、2015年に<Bistro Rojiura>の原シェフと共同で<PATH>をオープン。2017年には<Tangentes Inc.>を設立し、デザート・菓子製造にとどまらず、メニュー開発や店舗コンサルティングなどの業務を行っている。2019年7月から、MITSUKOSHI DAYS WEBで連載「パティシエの朝ごはん」がスタート。

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