<いづもや>を創業したのは、岩本さんの祖父。日本橋なのになぜ「いづも(出雲)」なのでしょう? その由来は、初代が若い頃に修行した大阪にあるそう。「江戸時代、出雲の宍道湖から大阪へ生きたまま鰻を運ぶ“鰻街道”が作られた歴史があり、大阪の鰻屋には出雲屋という屋号が多いんです」と岩本さん。「祖父は現在の本石町で店を開く前に4年ほど、神田の美倉橋のガード下で鰻と焼き鳥の店をやっていたそうです。私も知らなかったのですが、ある日の昼、本店のお座敷にいらしたお客さまが当時のことをご存知で、教えていただきました」。
初代は終戦後、日本橋で鰻専門店として再出発。しかし開業して数年後、二代目である岩本さんの父が3歳のころかえらぬ人に。「今<いづもや>があるのは、祖母が苦労して店を守り、父、そして私へと祖父が築いた味を受け継いでくれたおかげです。うちのタレは創業当初から継ぎ足し続けているもの。甘みが控えめですっきり、あっさりした味で、鰻本来の旨みを引き立てるタレなんです。鰻のタレは一般的に西ほど濃い目、東の江戸前はあっさり目と言われますが、その中でもうちはかなりあっさり味ですよ」。
鰻の味が際立つタレ、ということは、鰻の良し悪しがわかりやすく、ごまかしが効かないとも言えます。「だから、鰻の質には徹底的にこだわっています。宮崎県と鹿児島県を中心に、餌と水質にこだわり抜いて育てている上質な鰻を仕入れていますが、毎日、新しく到着したものから抜き取って、実際に捌いてタレで薄く下味を付けて焼き、蒲焼きになる前の状態で試食し、品質を確かめています」。
本石町にある本店にて、まずは二代目が味をチェック。その後、三代目と、ベテラン職人たちも試食。複数人の舌で確認するのも、品質の安定を図るためです。「見極めるポイントは、身の味、匂い、皮の食感、小骨の硬さなどです」。もしも合格点が出ない場合どうするのでしょうか? 「その時は、すべて持ち帰ってもらい、急遽出来の良い他の産地のものを問屋に探してきてもらうんです」というから驚きます。「新しい鰻を待つため仕込みの時間が数時間減ることになり、その日の現場は大変。でも味のレベルを守るためには譲れません」。朗らかな話しぶりの中に一瞬、職人としての厳しさが垣間見えました。
<いづもや>が日本橋三越本店へ出店したのは2003年。その時岩本さんは大学を卒業後、横浜の老舗鰻割烹店で修業したのち、実家へ戻ってきたころでした。出店が決まると、岩本さんが店作りの指揮を任されます。まだ20代の若き三代目は、ここでも妥協なき職人魂を発揮。「お願いしたのは、本店と同様に、店内で活鰻を捌き、火力の強い備長炭で焼くことができる環境です」。これはデパ地下のイートインとしては異例のこと。しかし、岩本さんの熱意が実り、本店同様の味が出せる設備が実現しました。
「三越にいらっしゃるお客さまは、世界中のおいしいものを知っている方々でしょ。半端なものをお出ししておいしいと思っていただけるはずがないし、本店に劣るものを出してしまったら、これまで続いてきた<いづもや>の暖簾に傷をつけるようなもの。何より、自分や一緒に働く職人たちも、クオリティが落ちるものを作るなんて我慢ならないですから」と岩本さん。
そのこだわり抜いた味は舌の肥えた日本橋の人々を魅了し、今では本店と並んで、三越内の店舗も常連のファンを大勢抱える人気店に。地下鉄から直結でアクセスできる便利な場所なので、旅行や出張の度に立ち寄る遠方のファンも多いとか。特に、毎日10食限定のお得なメニュー(蒲焼3枚の「うな重(葵)」に肝吸いがついて3,000円+税!)は知る人ぞ知る名物。開店15分前に配られる整理券を求め、なんと一時間前から順番を待つ列が銀座線口にできるほどです。
鰻といえば、稚魚の不漁が毎年話題にのぼり、仕入れ値の高騰や資源の保護など、専門店には厳しい課題も多い昨今。三代目は今後をどう展望しているのでしょうか? 「鰻の完全養殖はすでに実験規模では成功しており、実用化が待たれている状況です。それまでは、できることをコツコツやるだけですね。うちでは、稚魚を産む親となる天然物の使用をやめたり、鰻が住みやすい環境づくりの支援などもしています。でも一番大切なのは、貴重な鰻を無駄にしないこと。作り置きをしないで、注文いただいた分だけ捌くこともその一つ。一匹も無駄にしないで、よい仕事をしてお客さまにおいしく食べていただくことですね」。
どんな状況でも、職人としてやるべきことでベストを尽くす。それは大好きだった祖母に教わった姿勢だそう。「祖母はよく”なるようにしかならない“と言っていました。それは消極的なわけじゃなくて、常日ごろ、自分にできる努力を怠らず、考え続けていれば、新しいアイディアやチャンスは自然とやってくる、という意味なのだと思います。時代がどう変わるかなんてわからない。だから、毎日ベストを尽くす。それだけです」。
店内厨房で注文を受けてから焼き上げる自慢の蒲焼き。備長炭の香ばしい香りと、あっさりしたタレをまとった鰻の旨みが口いっぱいに広がります。
4,212円(1串/鰻1匹分)
SHOP INFO
■日本橋三越本店 本館地下1階 /柱番号A-9・10横
イートイン営業時間 午前10時から午後7時30分(ラストオーダー 午後7時)
※2021年7月28日(水)の土用の丑の日はイートインはお休み。テイクアウトのみの販売となります。
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