菓遊庵
おいしいモノがたり。
 
菓遊庵こだわりのお菓子
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羹

羊羹

         

北海道<五勝手屋本舗(ごかってやほんぽ)
丸缶羊羹(まるかんようかん)

江戸時代後期、北海道南部の五勝手村(現在の江差町の一部)で穫れた豆を使い、お菓子を作ったことに由来し屋号を五勝手屋としました。五勝手は「コカイテ」というアイヌ語で、波のくだけるところ(自波が立っている所)という意味です。
赤い目を引くレトロ調のパッケージ。筒型の『丸缶羊羹』は、筒の下から羊羹を押し出し、付属の糸でお好みの厚さに切ってお召しあがりいただけます。北海道産の「金時豆」を主原料に琥珀色のしっとりとした照りのある羊羹です。

青森県<甘精堂本店(かんせいどうほんてん)

昆布羊羹(こんぶようかん )

潮の香りほのかな『昆布羊羹』は1891年(明治24年)精製加工に成功してから皆様に愛されています。
北海の厳寒な海の荒波にもまれながら育まれた良質の昆布を使用し、その中でも吟味に吟味を重ねた昆布を使い、独自の製法で作り上げた逸品です。

長野県<井出製菓(いでせいか)
塩羊羹(しおようかん)

戦国時代、塩不足に難渋していた武田領信濃に、敵方であった越後の名将上杉謙信が「争う所は弓矢にあり、米・塩にあらず」として塩を送り住民を救いました。塩羊羹はその故事に因みその徳を後世に伝えるべく、古くより伝わる製法を調整して今日に至ります。天然天日塩の風味と本練のコクが程よく調和した、いつまでも飽きのこない味です。

石川県<松葉屋(まつばや)
(つき)よみ山路(やまじ)

1852年(嘉永5年)、花山法皇により開かれ、芭蕉の「石山の石より白し秋の風」と詠まれた加賀の名刹「那谷寺」の門前にて、寺侍那谷吉兵衛が茶店で羊羹を商ったのが松葉屋の創業。御維新の頃南加賀の中心、小松城下に移り150余年、現当主で五代に渡り、のれんを守り続けています。 創業以来の伝統的製法を守り、1棹ずつ手作りで仕上げる代表銘菓『月よみ山路』は良寛坊御歌「月よみの光を待ちて帰りませ 山路は栗のいがの多きに」より菓銘を付した栗むし羊羹。あっさりと炊き上げたさらし餡のつなぎに葛を用い、竹皮にて包み蒸し上げています。切っても切っても栗が出ると評されるごとく、もっちりした食感の餡から顔を出すほっこりとした大粒の栗が特長です。

岐阜県<槌谷(つちや)
柿羊羹(かきようかん)

柿羊羹の槌谷は、今から240余年前、1755年(宝暦5年)創業。薩摩義士による宝歴治水工事が完成した翌年に、大垣十万石のご城下で、園助という人が柏屋光章という屋号で店を開いたのが始まりです。
柿羊羹は、四代目右助が、美濃国特産の堂上蜂屋柿を使用して1836年(天保9年)に創りました。五代目祐斉が、親友で竹の研究家であった坪井伊助翁が言った「竹と柿は相性が良い」とのヒントを得て、苦心の末、1896年(明治29年)に独自の竹の容器入り『柿羊羹』を発売しました。



佐賀県<村岡総本舗(むらおかそうほんぽ)
小城羊羹 紅煉・小倉・本煉(おぎようかん    べにねり・おぐら・ほんねり)

羊羹業をはじめた1899年(明治32年)、今より100年以上前から羊羹づくり、菓子づくりがゴールのない道として、これまで続いてきました。佐賀銘産の『小城羊羹』の名は、二代目社長村岡安吉が最初に使用したと言われており、今では「小城羊羹の名付け親」として知られています。また、佐賀県は「長崎街道シュガーロード」の通った地域として江戸時代に菓子文化が栄えたことで近年見直されています。
江戸時代から続く伝統製法の羊羹で、「外側は砂糖のシャリ感があり、中はやわらかい」のが特長です。

熊本県<お菓子(かし)香梅(こうばい)
(ほまれ)陣太鼓(じんだいこ)

1923年(大正12年)、弱冠12歳で菓子職人として見習い奉公にでた、創主・副島梅太郎は、お菓子の中に、「時代を超えて人々の想いの中に受け継がれるべき大切なもの」を見出し昭和24年、熊本で創業しました。
小豆の中でも最高級品といわれる、大納言小豆をたっぷりと使い、その中に求肥を入れ、半練り羊羹風に寒天で流し固めた香梅の代表銘菓です。

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